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東京地方裁判所 平成6年(ワ)25836号 判決

原告 株式会社河内屋

右代表者代表取締役 樋口行雄

同 小倉弘子

右訴訟代理人弁護士 鈴木俊光

同 椎名啓一

同 須藤修

同 遠山康

同 山田伸男

同 浅岡輝彦

同 山田善一

同 庭山正一郎

同 毛受久

同 田村恵子

同 三森仁

同 上床竜司

右訴訟復代理人弁護士 高井章光

被告 カネボウ化粧品東京販売株式会社

右代表者代表取締役 西川元庸

〈他1名〉

右両名訴訟代理人弁護士 佐野隆雄

同 荒木和男

同 近藤良紹

同 鈴木宏

同 野田友直

同 高橋成明

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が、被告両名との間の鐘紡株式会社(以下、「鐘紡」という。)製造にかかる化粧品に関するカネボウチェーン店契約に付帯する別紙契約目録記載の契約に基づき、それぞれ、同目録記載の約定に従い、被告両名から別紙商品目録一から四記載の商品につき、継続的に供給を受ける権利を有する契約上の地位にあることを確認する。

二  被告カネボウ化粧品東京販売株式会社(以下、「被告東京販売」という。)は、原告に対し、別紙商品目録一及び二記載の商品を引き渡せ。

三  被告カネボウ化粧品東関東販売株式会社(以下、「被告東関東販売」という。)は、原告に対し、別紙商品目録三及び四記載の商品を引き渡せ。

第二事案の概要

一  事案

本件は、化粧品の小売販売業者である原告が、カネボウ化粧品の卸売販売業者である被告らに対し、被告らは、原告が始めた同化粧品の割引販売をやめさせる意図の下に、一方的に出荷制限を行い、更新拒絶事由を捏造してチェーン店契約の更新拒絶を行ったが、右更新拒絶は無効であり、その前後を通じて被告らには原告の注文どおりの商品を引き渡す義務があると主張して、原告が同チェーン店契約に基づき継続的にカネボウ化粧品の供給を受ける契約上の地位にあることの確認と、被告らに注文したカネボウ化粧品の引渡しとを求めた事案である。

これに対し被告らは、原告とのチェーン店契約は、これを更新しない旨の被告らの通知(更新拒絶の通知)により有効期間の満了をもって終了し、また原告らが注文したとする商品の個別的売買契約は成立していないと主張して、原告の右各請求を争った。

二  前提となる事実(証拠を掲げた部分以外は、当事者間に争いがない。)

1  当事者

(一) 原告

原告は、化粧品の販売等を業とする会社であり、左記各店舗(以下、これらを総称して「原告各店舗」という。)において、化粧品の販売等を行っている。

(1) 船堀店

(2) メイク西葛西店

(3) メイク葛西店

(4) メイク浦安店

(5) メイク南行徳店

(6) メイク行徳店

(7) メイク原木中山店

原告代表者樋口行雄は原告の代表取締役会長(以下、「樋口会長」という。)であり、原告代表者小倉弘子(以下、「小倉社長」という。)は原告の代表取締役社長である。

(二) 被告東京販売

被告東京販売は、鐘紡の製造したカネボウ化粧品を東京都内において販売することなどを業とする会社である。

被告東京販売は、平成五年一〇月四日、原告と契約関係にあったカネボウ化粧品東京第一東販売株式会社の地位を承継した(原告との契約関係においては、被告東京販売とカネボウ化粧品東京第一東販売株式会社とは同一の法的地位にあるから、以下においては、双方の会社を区別しないで「被告東京販売」という。)。

(三) 被告東関東販売

被告東関東販売は、千葉県におけるカネボウ化粧品の販売等を業とする会社である。

被告東関東販売は、平成五年一〇月四日、原告と契約関係にあったカネボウ化粧品千葉北販売株式会社の地位を承継した(被告東京販売の場合と同様の趣旨で、以下においては、右カネボウ化粧品千葉北販売株式会社も「被告東関東販売」という。)。

2  チェーン店契約

(一) 原告は、被告らとの間で、それぞれ、左記のとおりカネボウチェーン店契約と称する契約(以下、「本件チェーン店契約」という。)を締結した。

原告店舗名 相手方 締結年月日

(1) 船堀店 被告東京販売 昭和六〇年一二月ころ

(2) メイク西葛西店 同右 昭和五四年九月一四日

(3) メイク葛西店 同右 昭和五三年四月ころ

(4) メイク浦安店 被告東関東販売 昭和四七年一二月ころ

(5) メイク南行徳店 同右 昭和五六年五月一日

(6) メイク行徳店 同右 昭和五一年一二月ころ

(7) メイク原木中山店 同右 昭和五五年九月一〇日

(メイク西葛西店の契約締結年月日につき《証拠省略》、メイク南行徳店の契約締結年月日につき《証拠省略》、メイク原木中山店の契約締結年月日につき《証拠省略》)

(二) 本件チェーン店契約の内容

(1) 本件チェーン店契約は、被告らが原告に対し、原告の注文に基づきカネボウ化粧品を継続して供給することを主たる内容とするものであった。

化粧品には、流通のルートにより、制度品(メーカーからメーカー直属の販売会社を経由して小売店に供給されるもの)、一般品(一般の問屋を経由して小売店に供給されるもの)、その他(訪問販売や通信販売によるものなど)に分類されるが、本件チェーン店契約は、このうち制度品についての契約であった(《証拠省略》)。

(2) 本件チェーン店契約の有効期間は、右締結日から締結翌年の四月三〇日までであり、両当事者に異議のない場合は、翌五月一日から一年間自動的に更新され、その後もその例により毎年更新し継続するものとされていた。

(3) 注文及び代金支払方法

原告は、被告らに対し、アソートセット(被告らの用意する化粧品の詰合せ)については被告らの用意した注文用紙を、自由注文についてはファクシミリをそれぞれ用いてカネボウ化粧品を発注し、前月一六日から当月一五日分までの発注分のカネボウ化粧品の代金合計を、当月末日限り、原告各店舗を訪れた被告らの従業員に交付することによって支払うこととなっていた。

(4) 本件チェーン店契約の契約書(以下、「本件契約書」という。)は、再販商品(小売店が定価販売する義務を負う旨が規定されている商品)に関するものと非再販商品に関するものとがあり、非再販商品の契約書には、小売価格に関する条項はなかった。

(5) 被告らは、原告に対し、原告の二か月間の通算入金額に応じ、左記の基準による報奨金を支払うこととなっていた。

① 七・五掛商品(被告ら・原告間の売買価格が定価の七五パーセントの商品)

二か月通算入金額 報奨率

三〇万円以上 七パーセント

四〇万円以上 一〇パーセント

六〇万円以上 一〇パーセント

八〇万円以上 一二パーセント

一二〇万円以上 一三パーセント

一八〇万円以上 一四パーセント

二四〇万円以上 一五パーセント

四八〇万円以上 一五パーセント

一〇〇〇万円以上 一五パーセント

② 七掛商品(被告ら・原告間の売買価格が定価の七〇パーセントの商品)

二か月通算入金額 報奨率

三〇万円以上 四パーセント

四〇万円以上 四パーセント

六〇万円以上 六パーセント

八〇万円以上 八パーセント

一二〇万円以上 一一パーセント

一八〇万円以上 一二パーセント

二四〇万円以上 一三パーセント

四八〇万円以上 一四パーセント

一〇〇〇万円以上 一五パーセント

3  原告は、平成五年六月九日、カネボウ化粧品の非再販商品について割引販売を開始した(以下、この割引販売を「本件割引販売」という。)。

4  被告らは、原告に対し、原告各店舗に対する平成五年七月二三日付け内容証明郵便により、前年度の同月における売上げを勘案してカネボウ化粧品を出荷する旨の通知(以下、「本件出荷制限通知」という。)をした。

右通知においては、右出荷制限(以下、「本件出荷制限」という。)の理由につき、「株式会社河内屋(原告)に対する弊社(被告ら)与信及び計画出荷の見地から」「弊社の債権確保を図りたい」との記載がある(《証拠省略》)。

同月二五日以降、被告東京販売は別紙商品目録一記載の各商品を、被告東関東販売は別紙商品目録三記載の各商品を、それぞれ原告に対し引き渡していない。

5  被告らは、原告に対し、平成五年一二月八日付け内容証明郵便により、本件チェーン店契約の更新を拒絶する旨の通知(以下、「本件更新拒絶通知」という。)をした。

右通知においては、右更新拒絶(以下、「本件更新拒絶」という。)の理由につき、「最近、貴社(原告を指す。)は弊社(被告らを指す。)納入の商品以外の特定メーカーの商品の販売にはカウンセリング販売を行われるのに、弊社商品には契約に基づく同種の販売努力を懈怠されたり、弊社資産であるカネボウコーナー設置備品を弊社に無断処分されるなど、貴社に「契約書」違反や不履行があり、相互信頼関係も消滅していますので、弊社と致しましては、貴社は、遺憾乍ら「契約書」に定めたカネボウチェーン店の適格要件を欠いておられると判断いたしました。」との記載がある(乙七)。

被告らは、平成六年四月三〇日の経過により本件チェーン店契約は終了したとして、同年五月一日以降、原告に対しカネボウ化粧品を引き渡していない。

三  争点

1  本件更新拒絶の有効性、本件チェーン店契約の存続の有無

2  被告らの商品引渡義務の存否

四  争点1に関する被告らの主張

1  結論

(一) 本件チェーン店契約上、更新拒絶に何らかの理由を必要とする旨を規定した条項は存在しないから、右契約の更新拒絶には何らの理由も不要である。

仮に、契約更新拒絶について何らかの理由が必要であるとしても、本件においては、後記2から5のとおり、原告は、本件チェーン店契約上の義務違反行為や被告らとの信頼関係を破壊する行為をしたから、更新拒絶について正当な理由がある。

よって、本件更新拒絶は有効であり、本件チェーン店契約は、平成六年四月三〇日の経過をもって終了したものである。

(二) また仮に、本件チェーン店契約が実質的には期間の定めのない契約になっていたとしても、その場合には、被告らの平成五年一二月八日付けの通知(乙七)により解約申入れがされたものと考えられ、右解約申入れに何らかの理由が必要であるとしても、その理由があるから(原告の重大な契約義務違反及び信頼関係破壊行為)、本件チェーン店契約は平成六年四月三〇日の経過をもって終了した。

2  カウンセリング販売義務違反

(一) 原告は、本件チェーン店契約上、カウンセリング販売義務、すなわち、小売店がカネボウ化粧品を顧客に販売するに際して、顧客の肌や毛髪の性質や状態を確認し、顧客の美しさへの願望や、肌や毛髪に関する悩み等を把握した上で、当該顧客に最適な化粧品を選択し推奨して販売し、その化粧品の効果的な使用方法、お手入れ方法やメイクアップ技術について助言し、さらに販売後においても相応のアフターサービスを行う義務を負う。

(二) 右の内容のカウンセリング義務は、本件契約書において次の条項で定められている。

「チェーン店(本件では原告)は、本契約書に定めるカネボウ化粧品を、消費者に小売販売するものとし、販社(本件では被告ら)が提供する商品知識、美容情報、美容技術等により、カネボウ化粧品を購入する消費者が十分満足できるよう努力するものといたします。」(二条)。

「(チェーン店は)チェーン店内にカネボウ化粧品専用コーナーを常設して取扱い商品を販売するとともに、販社が提供する展示物、販売促進物件などを十分活用することにより、取扱い商品の推奨販売に努めます。」

(非再販商品につき五条後段、再販商品につき八条後段)。

また、チェーン店にカネボウコーナーの設置やベルの会会員台帳記帳が義務付けられており、これらはチェーン店が顧客に対し積極的なカウンセリングを行うのに不可欠の要素であること、被告らがチェーン店に対し商品知識、美容情報及び美容技術等を提供していること、チェーン店はベルセミナーの受講が義務付けられていること、被告らは顧客に積極的にカウンセリングを行うために原告各店舗に美容部員を派遣していることなどからも、原告が右の内容のカウンセリング販売義務を負うことは明らかである。

右の内容のカウンセリングは、顧客の皮膚のトラブルの防止や顧客の化粧品の適切な選択・使用のためだけに行われるものではなく、カネボウ化粧品のブランドイメージを高め、カネボウ化粧品の愛用者を増加させ、ひいてはカネボウ化粧品の販売を促進するものである。

(三) 原告は、本件割引販売前は、右の内容のカウンセリング販売義務を履行していた。

しかし、本件割引販売後、原告の注文量が前年同月に比べて三倍から四倍ほどになり、原告を訪れる顧客は急増したにもかかわらず、原告は、従業員を増員するなどの措置をとらなかったため、原告の従業員や被告らの美容部員は、レジ打ち、品出し等に忙殺され、顧客から商品説明や美容相談等を求められても対応できない状況となった。

また、原告は、顧客に対する技術指導のサービスを中止した。

さらに、原告は、一般消費者に対し、五万円、一〇万円単位でのまとめ買いを勧め、原告各店舗において、一人の客が二〇万円から三〇万円のカネボウ化粧品を購入するということが度々あり、これは、原告が卸売販売を行ったとの疑惑を抱かせるものであった。また、原告は、化粧品の通信販売をする旨を広告した。

以上のとおり、原告は、カウンセリング販売義務に違反した。

3  ベルの会台帳整備義務違反

チェーン店は、本件チェーン店契約上、被告らの用意した顧客カードやベルの会台帳に記入する義務があった。右台帳は、顧客に対するカウンセリングの結果を継続的に記載するものであり、右カウンセリング販売義務を支えるものであった。

しかし、原告は、本件割引販売後、原告が独自に作成したお客様カードのみを使用し、右顧客カードやベルの会台帳に記入する義務を怠った。

4  カネボウコーナー設置義務違反

(一) 被告東関東販売は、原告(メイク行徳店)との間で、平成二年八月二八日、「カネボウコーナー設置契約」と題する契約を締結した。

右契約においては、次の内容の定めがあった(乙一〇)。

(1) 原告は、消費者にカネボウコーナーであることが明瞭に識別できるように表示し、カネボウコーナーを有効に活用することにより、カネボウ化粧品の推奨拡販に努める(一条)。

(2) 原告は、カネボウコーナーの模様替え、ケースの移動、変更及び撤去等については事前に被告東関東販売と協議する(二条)。

(3) 被告東関東販売は、カネボウコーナー設置費用として一九四万二〇〇〇円を負担する(三条)。

原告は、他の原告各店舗についても、被告らと右同様の契約を締結し、カネボウコーナーを設置していた。

カネボウコーナーは、チェーン店がカウンセリング販売を行うのに不可欠の設備であった。

(二) 原告は、平成五年九月、被告東関東販売に対し他の化粧品メーカーのアルビオン及びエレガンスを一階に残すことを秘匿し、メイク行徳店のカネボウコーナーを一階から二階に移転した。

これは、カネボウコーナー設置契約二条に違反するだけでなく、被告を他のメーカーと差別的に取り扱った点で、原告・被告ら間の信頼関係を根底から破壊するものであった。

(三) また、原告メイク船堀店においても、昭和六一年からカネボウコーナーが設置されていたところ、原告は、平成五年九月、被告に無断で右カネボウコーナーを右店舗の奥まった狭い箇所へ移設した。これも、右契約二条に違反するものであり、原告・被告ら間の信頼関係を破壊するものであった。

5  その他の信頼関係破壊行為

(一) 公正取引委員会に対する申立ての公表

原告は、公正取引委員会に対し、平成五年七月二七日、本件出荷制限が独占禁止法に違反する旨の申立てをした。そして、原告は、同日、記者会見を開いて右申立ての事実を積極的に報道機関に公表し、翌日、右事実は日本経済新聞に掲載された。

原告の右公表行為は、被告らに独占禁止法違反行為があったか否か不明の段階で、一般読者に被告らが独占禁止法に違反したかのような印象を与える行為であり、カネボウ化粧品のブランドイメージを損なわせるものであった。

(二) 会談の無断撮影、無断放映の許諾

樋口会長及び小倉社長と被告らの各支配人らは、同年九月二五日、右カネボウコーナー移転、本件出荷制限、右公正取引委員会への申立て等の問題について会談した。しかし、この会談は、原告の了解の下、被告らの了承のないままビデオに撮影されていた。そして、右会談の模様は、同年一〇月一七日、TBSテレビの「報道特集」において全国放映された。右「報道特集」は、酒や化粧品の安売りをテーマにするもので、安売りを行っている小売店は正しく、問屋やメーカーはそれを理由なく阻止しようとしているという前提の下に企画編集されていた。

右「報道特集」の中では、カネボウという固有名詞こそ出されなかったが、業界関係者にとっては、右番組を見ると、右会談の相手方が被告らであることは容易に推測できるものであった。

樋口会長がこの会談の無断撮影及び無断放映を許諾した行為は、被告らに対する甚だしい背信行為である上、長年にわたる取引上の信義にももとるもので、両者間の信頼関係を根底から破壊するものであった。

6  まとめ

以上のとおり、被告らが原告に対し本件更新拒絶をしたのは、原告が本件割引販売開始後に本件チェーン店契約上の各義務に違反した上、契約当事者間の信頼関係を破壊する行為を行ったからであり、カネボウ化粧品の小売価格の維持を目的とするものではない。

五  争点1に関する原告の主張

1  本件チェーン店契約の性格と更新拒絶の理由

本件チェーン店契約に基づく取引(以下、「本件取引」という。)は、個別の契約ごとに契約内容が決定されるのではなく、あらかじめ合意された契約内容により継続的になされていた。また、本件チェーン店契約の更新において、原告と被告らとの間で、契約書が作成されることもなく、何らかの協議がされることもなく、メイク浦安店のチェーン店契約から約二二年間もの長きにわたり継続してきたものであった。そして、原告は、カネボウ化粧品を被告らのみから仕入れていたものであり、被告らに対する依存度は極めて高く、本件取引が継続的に行われることについて信頼していた。被告らも、チェーン店契約を締結した店舗をカネボウ化粧品の販売戦略拠点として重視していた。

右の事情によれば、本件取引は、通常の単なる商品売買の反復ではなく、原告・被告ら間の強固な相互依存関係に支えられてきたものであり、将来にわたる契約関係の存続が期待され、しかもその期待が法的保護に値するいわゆる継続的商取引に該当するのであり、本件チェーン店契約は、実質的には期限の定めのない契約になっていた。

したがって、本件チェーン店契約においては、契約条項の形式的文言にかかわらず、契約を継続しがたい重大な事由なき限り更新拒絶は許されない。

2  更新拒絶の無効

被告らは、原告にカウンセリング販売義務違反、ベルの会台帳整備義務違反、カネボウコーナー設置義務違反があった旨を主張するが、後記3から5のとおり、いずれの義務違反も認められないし、後記6のとおり、原告は被告らとの信頼関係を破壊する行為もしていないから、本件において契約を継続しがたい重大な事由はない。したがって、被告らによる本件更新拒絶は効力を生じない。

3  カウンセリング販売義務違反について

(一) 本件チェーン店契約の契約条項や運用規程等に、カウンセリング販売の具体的内容を定めた規定はない。

また、被告らがカウンセリング販売義務を定めた規定であると主張する規定は、いずれも「……努力するものといたします。」「……推奨販売に努めます。」という曖昧な表現方法を採っており、努力規定にすぎず、チェーン店に法的義務を課したものではない。

したがって、契約条項等の文理解釈からは、被告らの主張するカウンセリング販売義務は導かれない。

(二) 原告が本件チェーン店契約上の義務として課せられているカウンセリングは、化粧品を消費者に販売するに当たり必要最小限行わなければならないカウンセリングを意味するのであり、具体的には、①化粧品を使用したときにかぶれなどの皮膚のトラブルを防ぐために肌の状態を観察し、また、これまでの化粧品の使用状況を聞く、②顧客から化粧品の使用方法について説明を求められた際に、皮膚のトラブルが生じないような使用方法を説明し、皮膚のトラブルを防ぐために当該化粧品の特性を説明する、というものにとどまる。

その他の内容のカウンセリングは、原告の販売戦略の一つとして行われるものであって、被告らに対する義務の履行として行われるものではない。

(三) 仮に、右(二)の①、②の内容以外に事細かな顧客に対するサービスが本件チェーン店契約上の義務として課されているとすると、原告は、化粧品販売方法を著しく制限されることとなる。このようなことは、そもそも不公正な取引方法を禁じた独占禁止法制の下での公序に反するものとしてあり得ないことである。

被告らは、原告に対し、商品を特定して売上目標個数や売上目標金額を設定することがあった。しかし、右の目標を達成するためには、顧客の肌や毛髪の状態等を確認し、顧客の美しさへの願望等を聞いた上で、当該顧客に最適な化粧品を選択して推奨することは不可能であり、被告らは、原告に対し不可能なことを強いてきたことになる。

また、カウンセリングを欲していない顧客に対してまで、事細かなカウンセリングを強要することは、かえって顧客の満足を充たさないことになるのである。

(四) しかるところ、原告は、前記(二)の①、②のカウンセリング販売義務を、本件割引販売後も怠ったことはない。

原告は、顧客に対し、まず、当該化粧品を使用したことがあるか、使用方法を理解しているかについて問いかけ、これに対する顧客の反応や肌の状態を見て、皮膚のトラブルの有無を確認し、これに関するカウンセリングを行っていたのである。

(五) 以上によれば、原告は、カウンセリング販売義務に違反していない。

4  ベルの会台帳整備義務違反について

(一) 被告らは、原告らが、本件チェーン店契約上義務付けられていたベルの会台帳の記載・整備を怠ったと主張する。

しかし、原告は、単にベルの会台帳の記載の方法を変更したにすぎず、その記載を怠ったわけではない。

(二) 被告らは、新規に顧客登録を行う顧客に対する顧客カードと、登録された顧客が再度来店した際に使用する顧客台帳とを用意していた。

しかし、右顧客カードは、カネボウ化粧品独自の書式であったため、カネボウコーナーにしか設置することができず、顧客カードの記載を顧客自らが行うのではなく、店員が商品購入の際にすべての顧客に対して顧客登録の説明をした上で顧客登録を勧め、顧客からすべての事項を聴取した上記入していかざるを得ず、作成に時間がかかった。

そこで、原告は、本件割引販売を開始するに当たり、顧客台帳作成の効率化を図るため、全メーカー共通のお客様カードを新たに作成し、登録を希望する顧客が自ら記入する方式を採用した。なお、お客様カードに自ら記載しなかった顧客に対しては、店員がこれまでと同様に顧客登録を勧め、お客様カードに記載していた。そして、右お客様カードの記載事項は、被告らの提供する顧客台帳に転記し、顧客管理という目的のための顧客台帳は整備していた。

(三) 以上のとおり、原告は、ベルの会台帳整備義務に違反していない。

5  カネボウコーナー設置義務違反について

(一) 被告らは、原告が、平成五年九月にメイク行徳店の改装を行い、一階に設置されていたカネボウコーナーを二階に移したこと、メイク船堀店のカネボウコーナーを移設したことを、カネボウコーナー設置義務違反であると主張する。

(二) しかし、原告が、本件チェーン店契約上カネボウコーナーを設置することについて義務を負っているとしても、これをどこに設置するかは原告の裁量に委ねられている。

したがって、右のとおりカネボウコーナーを移転したことは、カネボウコーナー設置義務に違反しない。

(三) 原告は、被告東関東販売に対し、メイク行徳店におけるカネボウコーナー移転について事前に連絡して了承を得ていた。

また、原告が被告東京販売に対し事前にメイク船堀店の移設について連絡しなかったのは、当該カネボウコーナーの減価償却残が零であったため、被告東京販売に連絡する必要がないと考えたことによる。

したがって、右各カネボウコーナー移設の事実は、原告・被告ら間の信頼関係を破壊するものでもない。

6  被告らは、樋口会長が、同会長らと被告ら担当者らとの会談の無断撮影及び無断放映を許諾したことにより、原告が被告らとの信頼関係を破壊した旨を主張する。

しかし、右ビデオ撮影は、原告が主体的に企画したものではない。原告は、TBSから取材の要請を受け、化粧品小売店である原告が化粧品メーカーとどのような交渉をしているかを消費者に知ってもらうため右ビデオ撮影を応諾したものにすぎない。そして、樋口会長は、TBSに対し、被告ら支配人らの顔が分からないように措置するよう申入れを行い、実際に顔は報道されていない。しかも、この場面の放映時間は二分間程度の短時間であった。そして、被告らは、TBSに対し、右ビデオ撮影に関し抗議をしていない。

右の事情によれば、右ビデオ撮影は、原告・被告ら間の信頼関係を破壊したと主張する理由とはならない。

7  まとめ

以上によれば、本件チェーン店契約を継続しがたい重大な事由は認められない。したがって、本件更新拒絶は無効であり、本件チェーン店契約は終了していないから、原告は本件チェーン店契約上の地位を有している。

本件の本質は、被告らが、原告が本件割引販売を始めたことから、カネボウ化粧品の再販売価格が下落することに危機感を抱き、原告の割引販売をやめさせる意図の下に、計画出荷の名目で突如一方的に本件出荷制限を行い、さらに、更新拒絶理由を捏造して本件更新拒絶を行ったというものである。

原告は、化粧品の小売店として、消費者のニーズに適合した化粧品の販売方法について、被告らを含めた関係者との協議の結果を踏まえて検討した結果、割引販売という化粧品販売方法を選択するに至った。ところが、被告らは、原告が選択した右販売方法の有効性について十分に検討しようとせず、再販売価格維持のために、カネボウ化粧品の独占的な販売元という優越的地位を利用して割引販売をやめさせようとしたものである。

六  争点2に関する原告の主張

1  本件出荷制限後本件更新拒絶前の注文にかかる請求について

(一) 本件チェーン店契約の運用規程六条は、「チェーン店は、毎月の取扱い商品をアソートセット及び自由注文によって仕入れるものといたします。」と定めている。

これは、原告と被告らとの間においては極めて多くの商品が継続的に取引されることを前提に、商取引の敏活を趣旨とする商法五〇九条の規定を受け、原告の注文に対し、被告らの具体的・合理的な理由を付した反対の意思表示がなければ、売買契約は成立する旨を定めたものである。したがって、原告が被告らに対し注文をすれば、被告らの承諾の意思表示がなくとも売買契約は成立するものというべきである。

しかるところ、原告が注文を行っているにもかかわらず、被告らは、単にすべての商品についての引渡しを拒むだけで、具体的・合理的な理由を付して反対の意思表示を行っているわけではない。

(二) 被告らは、原告の財務状況が悪化していると判断したことが本件出荷制限の理由の一つである旨を主張するが、平成五年当時、原告の財務状況の悪化という事実は全くなく、被告らも原告の財務状況について本当に不安を抱いていたとも考えられない。そして、原告は被告らに対し、信用不安を理由として本件出荷制限を受けた後、被告らの不安を取り除くべく交渉を申し入れ、話合いによる解決の努力をしたのである。

また、前記のとおり、原告は、本件チェーン店契約上の義務に違反していない。

以上によれば、本件出荷制限に合理的な理由はないから、本件出荷制限通知は、右反対の意思表示としての効力を有しない。

(三) 以上によれば、本件出荷制限後においても、原告が注文した商品についての売買契約は成立しているから、被告東京販売は別紙商品目録一記載の商品を、被告東関東販売は同目録三記載の商品を、それぞれ原告に対し引き渡す義務がある。

2  本件更新拒絶後の注文にかかる請求について

争点1に関して主張したとおり、本件更新拒絶は無効であり、平成六年五月一日以降も本件チェーン店契約は継続している。

そうすると、右1と同様の理由で、原告が被告らに対し注文した商品についての売買契約は成立しているから、被告東京販売は別紙商品目録二記載の商品を、被告東関東販売は同目録四記載の商品を、それぞれ原告に対し引き渡す義務がある。

七  争点2に関する被告らの主張

1  そもそも、原告の主張する被告らに対する注文の事実が証明されていないから、原告の主張は失当である。

2  次に、本件チェーン店契約における個別的売買契約は、原告の注文だけで成立するものではなく、被告らの承諾があって初めて成立するものである。

いわゆる継続的供給契約においても、基本契約自体に具体的な商品の種類、取引数量、取引金額等が定められているとか一方当事者に予約完結権が付与されているといったような特段の事情のない限り、契約が成立するには注文に対する承諾が必要である。そして、本件においては右特段の事情は存在しない。

本件チェーン店契約においては、売買代金の支払が後払になっているところ、被告らは小売店に対し担保を徴していないから、被告らは、原告の注文を承諾するか否かを、諸般の事情を勘案して決することが必要なのである。この点からも、個別の売買契約の成立には被告らの承諾が必要というべきである。

仮に、被告らの反対の意思表示がない限り個別の売買契約が成立するとしても、被告らは、本件出荷制限通知により原告の注文の一部に応じない旨の意思表示をしているから、包括的に反対の意思表示をしているので、売買契約は成立していない。

3  被告らは、カネボウ化粧品について、前年度売上げを基準に生産された製品を、各チェーン店に季節ごとに安定出荷できるように計画しているので、特定チェーン店から大量の注文があっても応じられるものではない。

したがって、被告らには大量の注文に対し承諾する義務はない。

4  仮に、被告らが反対の意思表示をするについて何らかの理由が必要であるとしても、争点1に関して主張したとおり、原告は、カウンセリング販売義務、ベルの会台帳記帳義務に違反したし、それに加え、本件出荷制限当時、原告の財務状況が悪化していた事情があるから、その理由がある。

5  仮に、例外的に、被告らが承諾しないことが信義則に違反し、権利濫用に当たるなどの場合であっても、承諾そのものがあったことにはならないから、被告らが損害賠償義務を負うことは別論として、個別の売買契約は成立しない。したがって、被告らは商品の引渡義務を負わない。

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件更新拒絶の有効性、本件チェーン店契約の存続の有無)について

1  一般に、有効期間の定めがある契約が締結され、それを更新しないこと又は継続しないことについて何らの条件等が定められていない場合には、契約自由の原則から、原則的には、一方当事者が有効期間経過後において当該契約を継続しない自由を有するものと解される。

しかるところ、本件チェーン店契約は、化粧品の継続的供給契約であるということができるが、その有効期間は一年間であり、一方当事者が異議を述べることによって契約の更新はされないこととされており、本件契約書上、異議を述べるについて何らかの理由を必要とする条項はなく、また何らかの理由が必要であることを窺わせる条項もない。これは、各当事者の利益状況が経済情勢の変化等によって変動する可能性があることから、各当事者が一年間を超えて不必要に長期間契約に拘束されることを避ける趣旨のものであると解され、その限りで合理性を有するものということができる。したがって、一方当事者は、原則として、任意に本件チェーン店契約の更新を拒絶することができるということができる。

しかし、諸般の事情に照らし、契約更新を拒絶することが信義則に違反し、権利の濫用に該当し、又は強行法規違反等の理由で公序良俗に反するなどの事情が認められる場合には、当然のことながら、一般条項による制限を受け、更新拒絶の自由が制限されることがあり得る。特に、本件チェーン店契約においては、自動更新条項が存在して、通常相当の期間にわたって契約関係が存続することが予定されていると考えられ、現実にも契約関係がある程度長期に及ぶことが通例であること(現に、本件チェーン店契約においては最も長期のものは約二二年間に及んだものであり、また、被告らが自らの費用を投じて原告各店舗に設置したカネボウコーナーも、一年間を超えて相当期間使用することが前提となっていたということができる。)、本件チェーン店契約においては、商品の供給を受ける側において相当額の投資をし、様々な人的・物的取引態勢を調える必要があることから、短期間での取引の打切りや恣意的な契約関係の解消は、小売販売業者に予期せぬ損害を与えるおそれがあること、また、小売販売業者にとっての取引の比重は相当の割合を占める場合が多いのに対し、販社にとっては小売販売業者は数多くの取引先の一つにすぎない場合が多く、取引停止の影響は小売販売業者の方がはるかに大きいのが一般的であること、したがって、そのような取引の形態からは、販社の側でも、取引の信義則上、契約に従ってそのような態勢をとっている小売販売業者の利益を尊重すべきことが要請されること、といった事情を指摘することができるから、本件において前記のような一般条項による制限があるかどうかを検討するに当たっても、これら本件チェーン店契約の特質ないしそれに付随する固有の事情を考慮しなければならないというべきである。

2  そこで、以下において、このような観点から、前記信義則違反等の事情が認められるかどうかについて検討する。

(一) 前記前提となる事実に加え、《証拠省略》によれば、次の(1)から(3)の事実が認められる。

(1) 本件契約書(非再販商品に関するもの。以下同じ。)は、「チェーン店は、本契約書に定めるカネボウ化粧品を、消費者に小売販売するものとし、販社が提供する商品知識、美容情報、美容技術等により、カネボウ化粧品を購入する消費者が十分満足できるよう努力するものと致します。」(二条)、「チェーン店内にカネボウコーナーを常設して取扱い商品を販売するとともに、販社が提供する展示物、販売促進物件などを十分活用することにより取扱い商品の推奨販売に努めます。」(五条後段)と規定している。また、運用規程二条も、本件契約書二条と同趣旨の規定である。

チェーン店は、本件チェーン店契約上、ベルセミナーを受講することが義務付けられていた。そして、平成五年当時のベルセミナーにおいては、チェーン店に対し、「カウンセリング販売編」の「肌ニーズカウンセリング」として、すべての顧客に対し五分程度の時間をかけて肌状態等を確認し、時間の余裕のある顧客に対し更に一五分程度の時間をかけて肌状態に適したスキンケアの紹介等を行うべきこと、「ベースメイクカウンセリング」として、顧客に対し化粧を更に美しく仕上げるための説明を受けるかについて希望を募り、希望する顧客に対しては、より美しい仕上がりのためやトラブル防止のための情報提供と商品紹介を行い、更に技術指導を行うべきであるとの指導がされていた。右技術指導の内容には、洗顔、マッサージ等の顔の手入れ方法や、メイクアップ技術が含まれていた(テクニック編)。右とおおむね同趣旨の指導は、遅くとも昭和五〇年ころの初級講座(右ベルセミナーに該当するもの)においてもされており、これが平成五年ころまで継続していた。

被告らは、小売店において右の内容のカウンセリングが行われることが、カネボウ化粧品のブランドイメージを高めるために必要なことであると考えていた。

被告らは、右の内容のカウンセリングを充実させるため、従業員を美容部員として原告各店舗(船堀店を除く。)に派遣していた。もっとも、本件チェーン店契約上、美容部員を派遣するか否かは被告らが任意に判断することとなっており、原告が被告らに対し美容部員の派遣を要求することはできなかった(運用規程一一条(4)①参照)。

(2) 本件契約書一一条は、「チェーン店は、総販社が販社を通じて行なう顧客優待策の「ベルの会」について、販社の指示に従い運用規程を遵守してカネボウ化粧品愛用者の獲得に努力いたします。」と規定し、運用規程一三条(1)は、「チェーン店は、別に定めるカネボウ化粧品「ベルの会取扱細則」を遵守し、ベルの会会員台帳を整備し活用することにより、カネボウ化粧品愛用者の獲得、固定化に積極的に協力するものといたします。」と規定し、また、カネボウ化粧品ベルの会取扱細則三条は、「会員カード、買上控カード、①会員カード、買上控カードは、カネボウ化粧品の愛用者台帳となりますから、お買上げの都度確実に記録して下さい。(2)会員カード、買上控カードの記入事項は、販売促進対策の基本になるものです。積極的にご活用下さい。(3)ベルの会推進状況を把握するため販社は随時会員カード、買上控カードを閲覧させていただきます。」と規定している。

原告は、平成五年当時、ベルセミナー等において、新規にカネボウ化粧品を購入する顧客に対しベルの会入会を勧めること、入会した場合には新会員カードに顧客のデータを記入すること、二回目以降の顧客については女性会員カードや買上控カードにデータを継続的に記入することの指導を受けていた。

(3) 被告らは、前記のように原告各店舗に美容部員を派遣し、各店舗において被告らの推進するカウンセリング販売の業務に当たらせ、また、被告らの担当者において適宜原告各店舗を訪れることなどにより、原告各店舗において被告らの意図するカウンセリング販売が行われているかどうかを把握するよう努めていた。そして、本件割引販売が行われるに至るまでは、被告らは、原告各店舗において契約どおりのカウンセリング販売が行われているものと判断していた。

(二) 右に認定したような本件契約書、運用規程の記載内容、チェーン店が受講を義務付けられていたベルセミナーにおける指導内容、美容部員派遣の目的、ベルの会に関する規定、現実のカウンセリング販売の実施状況等を併せると、原告は、本件チェーン店契約上、少なくとも、カネボウ化粧品を使用する顧客と直接対面した上、化粧品について説明し、皮膚のトラブルを防止するための情報提供と商品紹介に加え、顔の手入れ方法やメイクアップ技術についても、顧客から希望があった場合にはこれを説明する態勢を調えておき、またベルの会に入会した顧客の情報を継続的に記録して顧客に対する説明に役立てるような態勢を調えておく義務(以下、これを「本件義務」という。)を負っていたと認めるのが相当である。

そして、右(二)の(3)の認定事実に《証拠省略》を併せると、原告は、本件割引販売を開始する前においては、本件義務をおおむね履行していたものと認められる。

(三) 次に、《証拠省略》によれば、本件割引販売後の原告の販売状況等について、次のような事実を認めることができる。

(1) 原告は、本件割引販売後、原告は被告らに対し本件チェーン店契約上特別なカウンセリングを行う義務を負っているのではなく、化粧品を販売する者として顧客の皮膚のトラブルを防ぐ義務があり、そのためのカウンセリングを行う義務があるにとどまるとの基本的な考え方の下、顧客に説明する内容は、顧客の皮膚のトラブルが生じないような使用方法に関するものに限ることとし、それ以外のメイクアップ技術等についての説明をしないこととした。

原告は、船堀店において、「当店では値引がサービスの一貫(一環)となりますので技術面のサービス(眉カット、メーキャップ等)は行っておりませんのでご了承下さいませ」という貼紙を掲示した。

(2) 原告は、本件割引販売を開始するに当たり、「メーカー小売希望価格で5万円以上お買上げのときは2・7割引、10万円以上は3割引となりますので、お友達・ご家族・ご近所の方とお誘い合わせてまとめ買いして下さい、たいへんお得です。5万円以下はすべて2割5分引です。」との記載のあるチラシを配布し、まとめ買いを推奨した。右チラシには、「通信販売部」の電話番号、ファックス番号も記載されていた。

本件割引販売後には、原告各店舗で一人で三〇万円を超える化粧品を購入する者も出現した。このように一人で多額の化粧品を購入する者は化粧品の販売業者である可能性があり、原告においても、一人に対する多額の化粧品の販売が卸売りとして機能する危険があることを認識していた。被告らは、右のような事実を知り、原告が卸売販売を行っているのではないかとの疑惑を抱いた。

(3) 平成五年六月下旬ころから、原告各店舗における来客数及び販売量は急増した。船堀店においては一か月分の注文額が前年一年分を超えるほど増加し、他の原告各店舗においても注文額が前年同月と比べて三倍から四倍程度に増加した。

このような事態に対し、原告は、従業員を募集するなどの措置は取ったものの、結局従業員を増員することはなかった。

このため、原告の従業員や被告らが派遣した美容部員は、レジ打ち、品出し、品切れチェック、注文、電話による問い合わせに対する応対等に忙殺される状態となり、顧客からお手入れ等の依頼があってもこれに十分に対応できない状態となった。このような状態であったので、被告らが派遣した美容部員が他のメーカーの顧客に応対をせざるを得ない場合も生じた。

(4) 原告は、本件割引販売後、被告らの提供する新会員カードや買上控カードを使用する場合には、販売やカードの処理に時間と手間がかかることから、原告が独自に作成したお客様カードを使用するようになった。このお客様カードは、全メーカーに共通のもので、被告らの提供する従来の新会員カードにあった「お肌で気になること(ニキビ・吹出物、日やけ・シミ・ソバカス等の選択肢が用意されている。)」、「お肌の色」、「皮フトラブルの経験」の各欄がなくなり、反対に、同カードにはなかった「品名」、「化粧品金額」及び「カウンセリングメモ」の各欄が設けられていた。

原告は、右お客様カードの記載を原則として顧客に任せたため、右お客様カードのカウンセリング欄にはほとんど記載がされず、顧客において、氏名・住所等の記載もしないで、品名のみを記載して店舗従業員に交付し、これによって注文の化粧品の確認を行うという形で使用されるのがほとんどの状態となった。したがって、原告においては、ほとんどの場合、右お客様カードの記載内容の性質上、同カードの記載内容を被告らの提供する女性会員カードや買上控カードに転記することができなくなり、また現実に転記することもなくなった。

被告らは、原告に対し、同年七月一〇日、被告らの提供する会員カード等を使うように申し入れたが、原告は右の方針を変えなかった。

本件出荷制限等の後には、原告各店舗への来客数は減少したが、原告は、その後も被告らの提供する会員カード、買上控カード等を使用しなかった。

(四) 右(三)に認定の事実によれば、原告は、メイクアップ等の技術指導を行わず、また、顧客から説明を求められた場合にこれに対応できる態勢を調えず、顧客の情報を継続的に記録することを怠ったという点において、本件義務に違反したものというべきである。そして、《証拠省略》によれば、原告が負うべきこれらの義務は、本件のような制度品に関する被告らの最も基本的な販売方針に対応するものであることが認められるから、この点に関する原告の義務違反は、原告と被告らとの間の本件チェーン店契約上の信頼関係を破壊する性格のものと評価せざるを得ない。

また、本件義務に照らすと、顧客(消費者)と直接対面しない卸売販売や通信販売は禁止されているものと認められるところ(卸売販売については、本件契約書二条において「チェーン店は、本契約書に定めるカネボウ化粧品を、消費者に小売販売するものとし」とされているから、この条項によって直接禁止されていると解することもできる。)、右のとおり、原告は卸売りをしたと疑われてもやむを得ない販売方法をとり、通信販売を行うことを前提とした記載のあるチラシを配布したものであり、また、美容部員に本来の任務であるカウンセリング業務を十分に行わせず、レジ打ち、品出し等や、他のメーカーの顧客の応対までさせるような業務態勢をとったことは、被告らとの信頼関係を更に傷つけるものであったということができる。

さらに、《証拠省略》によれば、被告らは、前提となる事実2(二)(5)の報奨金を、ベルセミナーで指導されている内容のカウンセリング販売を行ったチェーン店に対する優遇措置として捉えていたことが認められる。しかるところ、《証拠省略》によれば、原告らは、購入額が多額であるほど割引率を大きくし、小売価格を卸売価格とほとんど変わらない価格に設定していたものと認められ(七・五掛け商品の場合には、顧客の購入価格が五万円を超えると、割引率は三〇パーセントとなるから、小売価格は卸売価格を下回ることになる。)、この事実に《証拠省略》を併せれば、原告は、まとめ買いを推奨することなどにより、販売・注文量を増加させて報奨率を上げ、ほとんどもっぱら報奨金を得ることによって利益を確保しようとしていたものと認めるのが相当である。そうすると、原告と被告らとは、本件取引の基本的な一部分である報奨金についても、異なる考え方を有するに至っていたものということができる。

以上によれば、本件割引販売後においては、原告はカウンセリング販売及びベルの会台帳整備に関し本件義務に違反し、また、本件義務に違反する卸売り及び通信販売の疑惑を招いて、信頼関係を傷つけ、かつまた、原告は本件取引の基本部分の一つである報奨金の位置づけにおいても異なる考え方を持つに至っていたものであるから、本件チェーン店契約の特質に基づく小売販売業者たる原告の利益保護の要請を考慮しても、被告らの本件更新拒絶が信義則に反したり、権利濫用に該当するということはできない。

なお、被告らが更新拒絶の正当事由として主張する公正取引委員会に対する申立ての公表、会談の無断撮影及び無断放映の許諾の点は、いずれも、被告らの更新拒絶の正当事由を補強することはあっても、更新拒絶が信義則違反又は権利濫用であることを基礎付けるような性格のものではないから、これらの点についてはこれ以上の判断を要しない。そして、その他には、右の判断を左右するに足りる事情は認められない。

(五) ところで、原告は、被告らが原告に対し皮膚のトラブルを防止する目的を超える内容のカウンセリング販売義務を課しているとすれば、これは、不公正な取引方法を禁じた独占禁止法制の下での公序に反するものである旨を主張する。

独占禁止法一九条は、「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。」と定めているところ、同法二条九項四号は、不公正な取引方法に当たる行為の一つとして、相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもって取引する行為であって、公正な競争を阻害するおそれがあるもののうち、公正取引委員会が指定するものを掲げ、一般指定の13により、「相手方とその取引の相手方との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること。」(拘束条件付取引)が指定されている。そこで、このような拘束条件付取引が規制される趣旨や、メーカーや卸売業者が販売対策や販売方法について有すべき選択の自由にかんがみると、これらの者が、小売業者に対して、商品の販売に当たり顧客に商品の説明をすることを義務付けたり、商品の品質管理の方法や陳列方法を指示したりするなどの形態によって販売方法に関する制限を課することは、それが当該商品の販売のためのそれなりの合理的な理由に基づくものと認められ、かつ、他の取引先に対しても同等の制限が課せられている限り、それ自体としては公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれはなく、一般指定の13にいう相手方の事業活動を「不当に」拘束する条件を付けた取引に当たるものではないと解するのが相当である(最高裁判所平成六年(オ)第二四一五号・平成一〇年一二月一八日第三小法廷判決・民集五二巻九号一八六六頁参照)。

これを本件についてみると、本件チェーン店契約において、チェーン店に義務付けられた本件義務は、化粧品の説明を行ったり、その選択や使用方法について顧客の相談に応ずる(少なくとも常に顧客の求めにより説明・相談に応じ得る態勢を調えておく)という付加価値を付けて化粧品を販売する方法であって、被告らが右販売方法を採る理由は、これによって、最適な条件で化粧品を使用して美容効果を高めたいとの顧客の要求に応え、あるいは肌荒れ等の皮膚のトラブルを防ぐ配慮をすることによって、顧客に満足感を与え、他の商品とは区別されたカネボウ化粧品に対する顧客の信頼(いわゆるブランドイメージ)を保持しようとするところにあると解されるところ、化粧品という商品の特性にかんがみれば、顧客の信頼を保持することは化粧品市場における競争力に影響するものであるから、被告らが原告に対し本件義務を課すことにはそれなりの合理性があると考えられる。そして、弁論の全趣旨によれば、被告らは、他の取引先との間においても本件チェーン店契約と同一の約定を結んでおり、実際にも相当数のチェーン店においてカネボウ化粧品が本件義務を課された上で販売されていることが認められることからすれば、原告に対してこれを義務付けることは、一般指定の13にいう相手方の事業活動を「不当に」拘束する条件を付けた取引に当たるものということはできないと解される。

以上のとおり、原告の右主張は採用することができない。

(六) 原告は、本件更新拒絶は本件割引販売をやめさせる目的でなされたものである旨を主張する。

被告らが本件割引販売をやめさせる目的で本件更新拒絶を行ったのであれば、独占禁止法二条九項四号に基づく公正取引委員会の一般指定の12の一が、正当な理由がないのに「相手方に対しその販売する当該商品の販売価格を定めてこれを維持させることその他相手方の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束すること。」(再販売価格の拘束)を禁じているから、独占禁止法上も問題となり得ると解される。

しかし、販売方法に関する制限を課した場合、販売経費の増大を招くことなどから多かれ少なかれ小売価格が安定する効果が生ずるが、右のような効果が生ずるというだけで、直ちに販売価格の自由な決定を拘束しているということはできない。原告が本件チェーン店契約上の本件義務に違反したこと、《証拠省略》によれば、原告以外にもカネボウ化粧品の割引販売をしているチェーン店があり、被告らは、それらのチェーン店に対し、出荷制限やチェーン店契約の更新拒絶を行っていないことに照らすと、被告らが割引販売を阻止することを目的として本件更新拒絶をしたものと認めることはできない。したがって、原告の右主張は採用することができない。

(七) 右(五)、(六)に検討したところによれば、本件更新拒絶が強行法規に違反するなどの理由により公序良俗に違反するものと認めることはできない。

3  以上によれば、本件更新拒絶に、信義則に違反し、権利の濫用に該当し、又は強行法規違反等の理由で公序良俗に違反するなどの事情は認められないから、本件更新拒絶は有効であり、本件チェーン店契約は、平成六年四月三〇日の経過をもって終了したものというべきである。

よって、契約上の地位確認を求める原告の請求は理由がないことになる。

二  争点2(被告らの商品引渡義務の存否)について

1  右一において判断したとおり、本件チェーン店契約は、平成六年四月三〇日の経過をもって終了したものと認められるから、本件チェーン店契約が同年五月一日以降も継続していることを前提とする原告の別紙商品目録二及び四記載の各商品の引渡請求は、その他の点について判断するまでもなく理由がない。

2  本件出荷制限後本件更新拒絶までの注文にかかる請求について

(一) 弁論の全趣旨によれば、原告が、本件出荷制限後本件更新拒絶までの間に、別紙商品目録一及び三の各商品の注文をした事実が認められる。

被告らが右注文に対し個別の承諾をしていないことは当事者間に争いがない。

(二) ところで、商品の継続的供給契約においても、特に承諾の意思表示を必要とせずに契約が成立する旨の約定があるなどの特段の事情のない限り、個々の売買契約の成立には、承諾の意思表示が必要であるというべきである。

原告は、個別的売買契約の成立に被告らの個別の承諾が不要である旨を主張し、その根拠として、本件チェーン店契約の運用規程六条に「チェーン店は、毎月の取扱い商品をアソートセット及び自由注文によって仕入れるものといたします。」と定められていることを挙げている。しかし、右条項は、チェーン店の注文方法を定めたものにすぎず、被告らの個別の承諾が必要かどうかを定めたものではないから、右主張の根拠とはならないというべきである。他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

(三) もっとも、被告らが承諾しないことが信義則に違反するなどの特段の事情がある場合には、被告らが承諾義務を負い、注文にかかる商品の納入を拒否することができないと解する余地もないではない。

しかしながら、前示のとおり、原告は本件チェーン店契約上の本件義務に違反したものであり、《証拠省略》によれば、運用規程一六条は、原告が本件チェーン店契約に違背した場合には、被告らは原告に対し出荷停止や契約解除の措置を取り得る旨を規定していること、被告らは原告に対し、本件出荷制限後も、前年同月の注文量の一・五倍から二倍程度の商品を出荷していたことが認められるから、この点に照らすと、被告らの本件出荷制限に信義則に反する点は認められず、被告らが承諾義務を負うような特段の事情は認められないというべきである。

(四) 以上によれば、原告の別紙商品目録一及び三の各商品について売買契約が成立したと認めることはできないから、原告の右各商品の引渡請求も理由がない。

第四結論

以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩田好二 裁判官 田中寿生 松井修)

〈以下省略〉

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